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 ここでは、タローが使用している笛の紹介と、教室の紹介、それから舞台にはめったに登場しませんが趣味で演奏してる楽器を紹介します。あんまり詳しく書きすぎると大変なことになるので(それだけで一冊の本にもなりかねませんから)、簡単に!
 タローの楽器
 
Quena & Choquera
ケナ(ケーナ)と チョケーラ
Wooden Flute
ウッド・フルート( アイリッシュ・フルート )
Tin Whistle
ティン・ウィッスル
Miyako-Ochi
ミヤコオチ
 コラム
★奏法というものについて (只今準備中)
★「音楽は世界の共通言語」??(只今準備中)
 
 タローの教室
 
アンデス ケナ(ケーナ)の教室
  大阪産経学園 アンデスの笛ケーナ教室
  コープこうべ生活文化センター アンデスの笛ケーナ教室 初級・中級
  コープカルチャー宝塚 アンデスの笛ケーナ教室
  JEUGIAフォーラム御池 アンデスの笛ケーナ教室
  伊丹音楽愛好会 ケーナ教室
  ケナ(ケーナ)の個人レッスン・少人数レッスン
 
アイルランド ティン・ウィッスル フルートの教室
  大阪産経学園 アイルランドの縦笛 ティンホイッスルでアイリッシュ音楽を吹こう
  コープこうべ生活文化センター アイルランドの笛 「ティン・ホイッスル」
  伊丹 「いつの日にかウッド・フルートを吹く為の、ティン・ウィッスル教室」
  ティン・ウィッスル、アイリッシュ・フルートの個人レッスン・少人数レッスン
 
 タローの趣味楽器
 
Fujara
フヤラ
Kaval
ブルガリアのカヴァル
Dranyen
ダニェン
(ダムニェン)
Doira
ドイラ
Rubob
ルボブ
(ルバーブ)

Bouzouki
ブズーキ

 

 Quena & Choquera ケナ(ケーナ)とチョケーラ
 
ナ(ケーナ)は、南米のアンデス山岳地域に古くから伝わる縦笛です。国名で言うと、現在のペルーやボリビアが挙げられますが、もともとこれらの国の全土でこのような笛が使われていたわけではなく、主に山岳地域の人々によって演奏されていたものです。現在は、私達日本人がフォルクローレと呼ぶ音楽の流行を受けて、アルゼンチン北部からチリ、ボリビア、ペルー、エクアドル…と、とても広い地域の音楽で使われるようになりました。
   
 
     
は、骨や土、カーニャと一般的に呼ばれる葦や竹の類、場合によっては金属など様々な素材で作られ、お祈りやお祭りなど、生活に密着した祭事などで用いられていました。このような笛はしばしば人間の言葉が通じないもの、神や霊魂への通信手段でもありました。15世紀のスペインによるインカ帝国(正式にはタワンティンスーユ)を始めとするこの地の侵略後、キリスト教と共に当時のヨーロッパの古い文化が流れ込み、もとあった文化と融合する中で、笛やその音楽も現在見られるような形になってゆきました。アンデス地域の音楽や楽器は、南米全土の音楽の大半がそうであるように、たくましき文化の混血児といえるでしょう。

つては、大きさ・用途・指穴の数・歌口の形状・演奏法も様々で、それぞれ呼び名が違う多種多様な笛があったようです。現在でも、少し奥地に行けば、様々な呼び名が付いた多種多様な笛とその音楽に出会うことが出来ます。現在のケナ(ケーナ)と言われるものは一般的にG調に(全ての指穴を閉じるとソの音が鳴るように)調律された40センチ程のものを指しますが、この調律が基準のようにして使われるようになったのも、それをケナ(ケーナ)という名前で呼ぶようになったのも、比較的最近なのです。もちろん、指穴の数や運指法が画一化されてきたのは最近のことです。

在ケナ(ケーナ)と呼ばれている笛でも、基本的には管の端に小さな切込みを入れて歌口とし(このような吹き口の笛を専門家は分類学的に英語でノッチド・フルートと呼ぶ事がありますが、南米のケナや日本の尺八はもちろんのこと、現在の中国や韓国、その他世界の幾つかの地域にも、昔から同種のものがあります)、表に6つ、裏に一つの指穴を開けただけの非常にシンプルなものです。歌口は四角いものやU字型のもの、V字型のもの等があり、比較的古い時代の形態を伝えている音楽や田舎の方の楽団などでは、四角い歌口の、軽くて肉薄の素材のものがよく使われています。材料も、カーニャと呼ばれる葦や竹の類、塩ビ管(水道管)、金属管などで作られたものなど、様々なものがありますが、案外塩ビ管などで作られたものに、四角い歌口で少し古い時代のスタイルを守ったものが多くあります。逆に、フォルクローレと便宜上呼ばれるようになった音楽で一般的に見ることが出来る(又は入手しやすい)「ボリビア型ケーナ」と呼ばれている、肉厚の重たい素材で作られた(大きい指穴とU字型の歌口を持つ)タイプのものは、ここ40年位の間に出てきた比較的新しいスタイルのもので、響き自体はもちろん、奏法もそれ程古くからあるものではないようです。

CHOQUERA(チョケーラ)は、ケナの仲間の中でも特に私が好きな響きを持った笛で、四角い歌口を持ち、近代の西洋的な言い方をしますとE調に(全ての指穴を閉じるとミの音が鳴るように)調律されています。本来は特定の祭りや儀礼で用いられる、古いタイプの縦笛です。現在でも「チョケラーダ」といって、この笛と太鼓のみの合奏が田舎では見られます。

が使用しているケナ(ケーナ)やチョケーラは、全て自分で製作したものです。大半がカーニャを使っており、比較的肉薄で軽い素材のもので作っています。歌口はほとんどが四角のものです。

ころで、表記についてですが、QUENAはもとはケチュア語やアイマラ語といった「先住民と呼ばれる人々」の言葉から生まれた名前です。このQUENAという表記は、スペイン語表記です。これを日本語のカタカナ表記になおす時の事なのですが、私個人的には「ケナ」と書いたものが、一番もとの発音に近いかな、と思います。日本語では外来語の強い音(アクセント)を伸ばして表記するのが一般的ですが、「ケーナ」というカタカナ表記を読んだままの発音をしてしまうと、日本人は必要以上にケの音を伸ばし過ぎて実際には現地で通じにくかったり、「ケイナ」と、イの音を入れて発音・表記し、それが楽器の名前だと思い込んでしまっている方も数多くおられます。一昔前はまだ「ケナ」と表記した印刷物もあったのですが、その頃は表記の仕方が標準化していなかったのでしょう。「呼び名」や「名前」はもともと「音」のものです。音楽と同じで、表記すると(音楽の場合は楽譜化すると)変形してしまう事が多々あるのです。いつの間にかもとのものではなくなってくる訳ですね。そういう訳で、少々面倒くさくいのですが、私は「ケナ(ケーナ)」という表記の仕方をしています。もちろん「ケーナ」でもよいのですが。
 
 

 Wooden Flute ウッド・フルート(アイリッシュ・フルート)
 

こで言うウッド・フルートというのは、アイルランドで現在も用いられている木製の横笛のことです。一般的に「アイリッシュ・フルート」と呼ばれるものは、19世紀のスタイルのコンサート・フルートの一種で、現在私たちがフルートというと思い浮かべる(金属製でキィが沢山付いた)ベーム式フルートが登場する前に、ヨーロッパでよく使われていたタイプのものです。といっても様々なスタイル・設計のものがありましたが。
 
     
   
     
  在、アイルランドの音楽で使われている木製フルートは、半音キィが幾つか付いたものや、それらを取っ払って半音用の穴を埋めてしまったもの(蜜蝋などで埋めます)、最初から半音キィがなく6つの指穴のみを使って演奏するもの等、いくつかのスタイルのものがあり、大半の人が19世紀頃に比較的扱いやすい人気モデルだったものを復元・改良して製作されたフルートを使っていますが、中には古い楽器をそのまま、もしくは自分で修理や改良して使っている人もいます。材質は黒檀(アフリカン・ブラック・ウッドが多いようですが)や紫檀等の比較的比重が重くて硬い木材で作られています。

イルランド以外でも、木製フルートは世界の様々な地域に現存しますので、木製の横笛ならばアイリッシュ・フルートだとか、黒い木で作っていればそう、という訳ではモチロンありません。やはり現在のアイルランドの音楽や、その中で求められる奏法に応じて、「19世紀スタイルのコンサート・フルートを改良した木製フルート」を指すようです。と言いましても、アイルランドの音楽にもいろいろありますし、それぞれの演奏家がフルートに求めるものは、従来のそれとは多少異なって来ているものもあるかも知れません。世界中の多くの音楽にそういう兆候は見られますね。

れはさておき、アイルランドのような地域性豊かな音楽では、演奏法も、ベーム式の金属製のものとは求められる技術が違い、音色の作り方やメロディーの歌い方、ノリの出し方にはやはり独特の嗜好性が見られます。私はベーム式のモダン・フルート(金属製のフルート)を大学の4年間演奏していましたが、木製のフルート、特にアイリッシュ音楽におけるフルートの奏法は、モダンのそれとは体験的にかなり異なるものでした。ギターと三味線ほど違う、と考えていいのではないでしょうか。もちろん、楽器は違えど、ほぼ同じ演奏法で演奏している方もおられます。

は現在、パトリック・オーウェルという人の製作した、キィ無しのものをメインに使用しています。又、ハミルトンという人の製作したキィ付きのフルートのキィを取っ払って穴を埋めてしまったものと、調律がFの小振りのものも曲によって使用しています。
 
   

 Tin Whistle  ティン・ウィッスル
 
イルランドやイングランド等の音楽で使われている小さな縦笛です。日本の小中学校の音楽教育におけるプラスティック製の縦笛やリコーダー(この二つは一応区別しておきますが)と同様、風路といって、空気の通り道を(管にブロックを埋め込む等の構造によって)作り、それによって、口でくわえて吹き込めば、空気が自然に歌口の切れ込みに当たり、二手に分かれて発音する、というシステムを持った笛です。一応、アイルランド音楽ではDという調に(全ての指穴を閉じるとレの音が鳴るように)調律されたものを基準としており、30センチほどの細い管で表に6つの指穴を持っています。現在は様々な素材で作られていますが、一般的にはティン・ウィッスルと言う名前の通り、ブリキをはじめとしてブラスやニッケルなど金属で出来たものが多いです。最近は樹脂や木製のものも登場しており、もちろんのことながら、音色や響きは素材によってもそれぞれで全く違います(あんまり変わらん!とおっしゃる剛の者もおられますが…)。
 
     
 
 
     
  つては安価なことから「ペニー・ウィッスル(ホイッスル)」と呼ばれることもありましたが、アイルランド音楽の普及によって、様々な製作家が独自の趣向で、数多くのモデルを発表するようになって来ましたので、結構高額なものも増えていますし、もうペニー・ウィッスル(ホイッスル)とは呼べないですね…。

たち日本人は、前述の「小学校の縦笛」の感覚が強い為、もしくは近代の西洋音楽の方法論が広く一般化している為(いうなれば音楽の世界は随分昔からグローバル・スタンダード化が推し進められていますから)、それらと同じような感覚(や技術・方法)で吹いてしまいやすいですが、木製のフルートと同様、「アイルランドの音楽」となると、やはりそこには独特の嗜好性があります。後述いたしますが、「笛」だからといって、その世界観や嗜好性、求められる技術を全てを一くくりに出来るわけではありませんし、求められる技術は音楽によって、またそれらを生み出し、育んできた人々や地域によって、本当に様々です。又、吹き込めば発音出来る笛が、音を鳴らすまで時間がかかる笛に比べて簡単、というわけでもありませんし、本当に優しい軽やかなタッチの音色や歌い方、もしくはノリは、吹けば出る、楽譜が読めれば再生できる、というものでもありません。「吹けばそれなりにまずは音が鳴る」ということで、ティン・ウィッスルはとっつきやすい笛ではありますが、当然の事ながら達人にかかれば、吹き方一つで、小さな体に似合わず多彩な表現力を発揮します。見かけによらず?奥深い笛です。
 
   

 Miyako-Ochi ミヤコオチ
 
の「ミヤコオチ」という縦笛は、子供の頃から切り込み式の歌口の笛(前述しましたノッチド・フルート…ケナや尺八などがそうです)に親しんできた私が、創作した笛です。

の笛は日本の竹で作られており、歌口はほぼ四角で、一見すると少し長めのケナ(ケーナ)にも見えますが、指穴の開け方や発音部分などの細部の設定がケナ(ケーナ)とは異なっており、指穴の開き方にも二つのタイプがあります。どちらのタイプも、いわゆる西洋の十二平均律を重視しては作られておらず、特定のモード(旋法)が演奏しやすいように作られています。それは、日本の「都節(みやこぶし)」の旋法です。
 
     
 
 
     
 
節は「さくらさくら」や、大正演歌の「籠の鳥」、数多くの民謡…たとえば皆さんご存知の「会津磐梯山」や「伊勢音頭」等など、多くの日本の歌に見られる旋法です。もちろん厳密にいうと、これら全てが同じという訳ではありませんし、同じような旋法でもいろいろです。

ころで、旋法(要は旋律…メロディーを作るときのそれぞれの法則なのですが)というと、ほとんどの方が「音の配列」と考えて、現在のドレミを並べて作ろうとする場合が多いですが、それぞれの旋法にはそれぞれの文化や地域の「響きに対する嗜好性」があり、又、用いられる楽器の特性もあります。便宜上、現在のスタンダード化された状況に合わせて近代のドレミで表記されてはいますが、その通りに十二平均律のドレミを並べたら、その旋法の響きが得られるかというと、実はそうではありません。それらしき、「ぽい雰囲気」は出るかもしれませんが。旋法ではそれぞれの「音と音の幅」が重要なのであって、「ドレミで表した際の配列」が重要なのではないのです。だって、音楽は全てがドレミじゃないですし、もともとドレミじゃない音楽をドレミに合わしたらこうなる…っていうのが旋法説明のほとんどですから、それはカタカナ表記で読む外国語のようなものですよね。ドレミにない響きをもつ音楽の方が世界には多いですし。

もあれこの「都節」、ラジオなどで流すのを敬遠されたりした時代がありましたね。なんか「暗い」とか「健全じゃない」とか「青少年の育成上悪い」とか言われて。学校の唱歌や童謡などからも意識的に排除されたりして。かわいそうな都節…。

の都節を、もっと普通に、普段の音楽の中に復活させたいなぁ、という気持ちもあって、「ミヤコオチ」方式を考えたのです。現在は、ほとんどの楽器が、当たり前のように近代西洋の十二平均律に合わせて作られ、もともとそうでなかった楽器も、あらゆる場所で長い時間をかけてそのように改造され、スタンダード化は日本はもちろん様々な国で推し進められてきました。そこである時、音のそれぞれの「高さ」や、それらの「配列」ではなく、音の「高さそのもの」や「音同士の幅」に、言ってみれば音の響きにも旋法にも、もっと本来の人間並みの自由さがあってもいいんじゃないか、と思って、何種類もの変わった笛を作ってみたのです。その時に生まれた笛のひとつが「ミヤコオチ」ですね。ただ、舞台で・合奏で使う時は、フツーの楽器と合わせやすいように設定したミヤコオチを使っていますが。

た、この「都節」に一つ音を付加すると、中近東や西アジア、中央アジアや東欧やバルカン半島の国々の音楽によく登場する旋法になります。場合によっては「都節」のまんまをこれらの地域の音楽に発見することもあります。この旋法も演奏しやすいように、「都節」から一個、落っこちた音を一番下の指穴に付けてる…これが「ミヤコオチ」という名前の直接的な由来です。

ともと日本という場所は、太古の昔から様々な民族・人種がそれぞれの文化と共に渡って来て、それら多種多様なものが雑居していたことが、言葉や音楽、様々な文化の端々から推測出来ますが(私は個人的に平安以前の時代に興味があるのですが)、このような地域の音楽を聴いていると、その響き故か、非常に自分や自分たちに近しいものを感じるのです。私は旋法や楽曲を通して、日本とこれらの文化が私たちが想像している以上につながっているのではないか、と感じています。大体、日本人の顔や骨格があまりにも多くのタイプがあったり、日本の言語や地名にある、説明出来ないような不思議さと多民族性に子供の頃から素朴な疑問を抱き続けてきたのです。歴史も、残ってるものが他国に比べても少ないこともあり(また意図的に支配層が替わる度に前の痕跡が消されてきた場合も多いですから)、ずっと同じ人々がい続けていて、少数の帰化人と物の伝来ばかりがあったように私たち日本人はイメージしがちですが、文化と共に人も、想像以上に多種多様な人々が沢山来ていたのではないかな、と思います。そうすると、現在の中国や朝鮮半島から…となりやすいのですが、現在の日本人のDNAのばらつきから言っても、それだけで説明はつかないですよね。どこから来ようが、どれくらい遠方から来ようが、大半が朝鮮半島や中国を経由してくるし、よく知られた大きい国から来た、ということにしておいた方が都合が良かったり、先に来てた人達から一くくりにしてよばれてたり、移動中の二世代目・三世代目で言葉だけ中国とか朝鮮半島の言葉使ってた人達とか、いろいろあったんじゃないかなぁ。雅楽の楽曲にはペルシャやインドの音楽も残っているといいますが、人もわかってる以上に沢山、地球の裏側くらいからも来てたんじゃないかな。

楽器の三味線や琵琶もそうですが、尺八などと共に大陸伝来といわれています。日本には縦笛ならば尺八、というイメージが強いとは思うのですが、尺八だけが日本に存在した縦笛ではありません。尺八よりはどちらかというと南米のケナ(ケーナ)に形状は近かった笛もどうやらあったようですね。多くの日本人がケナ(ケーナ)を演奏しているのにも不思議な縁があるように思います。これら「伝来」と言われるものが、かつてはどれ程日本にあったのかはわかりませんが、淘汰されて使われなくなったものも当然ありますし、いつの間にか違う楽器同士がくっついちゃったようなものもあるでしょう(現在の三味線と三味線のバチのように)。そして、これらがいつの間にか「日本の民族楽器」というふうになっている。かつて様々な時代に様々な形でやってきた人々が、生き残った人々が、交じり合った人々が、自分たちの事を口をそろえて「日本人」と言うように。

汰されたり使われなくなったり、そういうものはどうしてそうなったのか、それはこれまで言われてきたように「民族の嗜好性」というものだけでは説明がつかないように思います。好きな音とか嫌いな音と言う以前に、西洋で宮廷に入った楽器と入らなかった楽器、お金がまわった音楽とお金がまわらなかった音楽、権力者に庇護された音楽と大衆の音楽、貴族に好まれた楽器と嫌われた楽器の関係などに見られるように、ある集団や氏族が使っていた楽器でその氏族が都を追われたり、差別を受けたり、何か明暗を分ける出来事などもあったのではないでしょうか。氏族ごと絶えていたら別ですが、DNAと同じく様々なところに痕跡と言うのは残っているように思います。都で受け入れられてメジャーになった音楽もあれば、都から追われた(スタンダードから外れた)人々の守り伝えていた音楽や楽器もあったんでしょうね。「都」の「節」の「都節」と、それから一つ落ちた音を持った「異国的旋法」、この二つを演奏しやすいようにして、「ミヤコオチ」と名づけたのは、私の「日本の文化や歴史に関する好奇心」からでもあります。

の笛、ウズベキスタンで東洋音楽祭に出演した時、舞台でソロ演奏をしました。意外なところで、それを聴いたモルドヴァ(ルーマニア)の音楽家や、アゼルバイジャンの音楽家、それからウズベキスタンの音楽家から「自分たちの音楽のようだ」と言われました。そのあと、閉会式で参加国の様々な演奏家による大合奏があったのですが、その冒頭でこの笛のソロ演奏を入れるように言われて、ミヤコオチ即興演奏をしました。これは私にとって本当に嬉しいことでした。なにせ、続けてウズベキスタンの笛マスターのじいさんが、シルクロード時代か!?というようなカッコいいソロをして、それから奈良時代とか絶対こんなこと皆やってたんやろうなぁ、という管弦打楽器の大合奏!そのあと、出演者みんなで舞台で踊りまくってて、舞台(といっても無茶苦茶どでかい所)の脇にミヤコオチを置いて一緒になって踊ってたのですが、舞台が終わってから取りに行ったら、ミヤコオチがなくなってた!!どうやら何者かに盗られちゃったみたいです。まぁ、でも数十年とかが過ぎて、このミヤコオチが意外なところから出てきたり、いつの間にか似た楽器が沢山ウズベキスタンで作られてて皆が吹いてたりしたら楽しいだろうなぁ。

いう訳で、ウズベキスタンで演奏されたミヤコオチは今も中央アジアのどこかにいることでしょう。